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2012年 01月 04日
つづき
元日のつづき。
見学に行ったのは、鈴鹿にあるアズワン・コミュニティというところ。
僕は、いわゆるエコビレッジというものの一種だと思っていたけど、少し違うのかもしれない。
エコビレッジというのは、地域で自給自足をしている、またはそれを目指しているコミュニティ、だと思うんだけど、アズワンはそこまでガチンコというわけではない。

そこが逆に初心者としては足が向きやすかった。
何しろ、どちらかというと団体行動が苦手な身としては、理想に目を輝かせたコミュニティの人たちに馴染めない奴は即アウト、というような場所(完全な偏見です。というかほぼ妄想)ではハードルが高すぎる。

鈴鹿は名古屋からそう遠くないので、見学ツアーの前日に名古屋に前乗りし、「あかいつぶつぶの絵」の柚木ミサトさんとマニャンでコラボレーションライブをさせてもらった。
あかつぶグッズの並ぶカフェでのライブペインティングと演奏は、ミサトさんのホームグランドということもあって、とてもアットホームで楽しかったけど、ユースト中継は持って行った機材が貧弱だったためちょっとコケた。
とはいえミサトさんの息子のイケメン青年(マジです)が協力してくれなければ中継自体がままならなかったので、ありがたかった。

さて、翌日訪れたアズワンは、なんというかごく普通の地方都市だった。
実際には、町そのものがコミュニティなのではなくて、アズワンコミュニティという企画があり、それに参加している人としていない人がいる、という感じなのだけど、とにかく第一印象は「普通の町」だった。

参加した見学ツアーの模様については、同じツアーに参加していた作家の伯宮幸明さんのブログ(http://ameblo.jp/column-takamiya/entry-11098279850.html)が詳しいし(エコビレッジにも詳しい)、なんと言っても文章のプロなので僕が改めて書くことはないと思うけど、コミュニティとして特徴的なのが、都市型であるということ、一般的に想像されるのとはちょっと違う地域通貨があること、そしてコミュニティの運営や活動を円滑にするための「研究所」があること、じゃないかと思う。

まず都市型であるという点で言うと、コミュニティに参加している人で、畑などの一次産業に携わっている人の割合がそれほど多くなさそうだった。その代わり、弁当屋さん、食品廃棄物の飼料化・堆肥化を行う事業所、工務店、不動産屋、便利屋、人材派遣事業など、コミュニティ内で働けるところがあり、コミュニティ外との取引もしている。
つまり、もともとコミュニティとそれ以外の鈴鹿の町で物理的な線引きがないのと同じく、事業や人の活動についても、特に境界がないようだった。

地域通貨については、ネット上でシステムが組まれた「RINKA」というのがあって、会員は、バーコードがプリントされた図書館カードのようなもので買い物ができる。
ただ、何より特徴的なのが、残高がマイナスになってもそのまま使い続けられるという点。
実際、ツアーで案内をしてくれたコミュニティの人たちはマイナスの人ばかりだった。

この点については、なぜそれで成り立つのか、という質問がツアー参加者から相次ぎ、ずばりの回答がなかったため、会食の席でもその話題で盛り上がったんだけど、僕なりの理解で言えば、RINKA会員の人たちは、残高の増減に特に頓着していない、なぜなら相互扶助のひとつの目安としての地域通貨であり、ギブアンドテイクの関係が成り立っていればそれでいいから、ということのようだった。
さらに、基本的な生活が現状はまだ「¥(日本円)」中心だからじゃないかとも思う。
つまり、相互扶助や物々交換のような信頼関係のみで成り立つ生活への中間ステップとしてRINKAがあり、もしうまくいくなら、そのステップをすっ飛ばしてもかまわない、と考えているように見えた。

そして、もっとも特徴的かつ怪しい(偏見です)研究所。サイエンズ研究所というんだけど、基本的には自己啓発っぽい印象を受けた。でも、そういう要素も多少はあるものの、メインとしているのは人と人とのコミュニケーションのようで、セミナーやワークショップを受けた人が生活でそれを実践し、その結果を踏まえてさらに研究を進める、といったことをしているようだった。
また、コミュニティのメンバーにワークショップ等への参加を特に強制していないということで、価値観の統一された宗教的な印象がないのは、そのためかもしれない。

研究内容の詳細については、ワークショップを受けていないのでわからないけど、研究所が出している「人を聞く」という本を1冊読んでみてちょっと面白かったのが、僕が普段から考えているような内容に近いものがあったこと。

ほぼ、人と人との対話についてのみ書かれているんだけど、会話の際、相手の真意をほとんど汲まずに、受け取った言葉だけを自分のイメージで解釈し、やりとりしていることが多くないか、それによって生じるソゴは(あれ、漢字が変換されない)もっと避けられるのではないか、ということが主題になっている。

これを(だけじゃないかもしれないけど)生活で実践してコミュニティの活動にフィードバックするって、どんだけ気が長いんだ!と思ったけど、ひとつ納得したのが「答えや成果を求めていない」ということ。
そうすることで、行き止まり感や押しつけ感を避けつつ、諦めずにコミュニケーションの方法論を磨いて、コミュニティーの信頼関係の構築に役立てようとしている、ということなのかなと思った。

本当に気の長い話だ。だけど、国民が直接政治に関わる直接民主主義にもつながる部分がありそうな気がする(現在のように、政治家がなんだかんだで勝手なことをできるのは間接民主主義)。
直接民主主義実現のために現在研究されている一つの方法として、多数決に頼らず、議論を尽くして合意形成し(ある意味落としどころを見つけるということだと思う)、そのために必要な知識や前提があれば専門家などから学べる体制を用意する、というものがあるらしいけど、ワークショップやセミナーを通して提供したものを、実際の生活にフィードバックするというサイエンズの姿勢は、それに通じるものがあるのでは、と個人的に感じた。

といっても、これはツアーで見聞きしたことから僕が勝手に考えたことで、アズワンの人たちが言っていたわけではないので、違ってても怒らないでくださいませ…。

直接民主主義と言えば、ウォール街でのデモ活動の際も、ある合意形成の手法が実施されていたらしいけど、またまた長くなってしまったのでここで終わりにします。
あぁ、もうお正月も終わっちゃいました。

by miura1go | 2012-01-04 01:55 | 社会


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